12/11~12/13に長崎へ旅行してきました!
12/11(1日目)
1日目です。
この日の出発は遅めでした。
早めのお昼を羽田空港で食べて待機してました。
14:00 羽田空港 出発
前の便が遅れていて、1時間遅れで出発。
長崎空港まで約2時間です。
16:00 長崎空港 到着
長崎空港へ無事に到着しました。
大村湾に沈む夕日を見ながらホテルへ向かいます。
大江戸温泉物語 ホテル蘭風
ホテルに着いたらもう夜です。
夕食はバイキングです!


海鮮がとても美味しかったです~!
この日は観光などはせず、これで終わりでした。
12/12(2日目)
2日目の朝です。
朝食もバイキングです。
海鮮丼は盛り放題です!w
平戸大橋
1977年4月に有料道路として開通(2010年4月に通行料が無料)した平戸島と田平町を結ぶ朱塗りの吊り橋で全長665mあります。
田平天主堂
正式には「カトリック田平教会」といいます。
設計と施工は、教会建築の父と呼ばれる鉄川与助。
鉄川が手掛けた最後の煉瓦造教会で、彼の煉瓦建築の最高峰とも称されており、国の重要文化財に指定されています。
※中は撮影禁止でした。
展海峰
九十九島が見渡せる展望台に来ました!
晴れてよかった~!!
佐世保市街地も見渡せます。
佐世保バーガー
お昼は佐世保バーガーを食べました。
ご当地グルメですよね!ボリューム満点でした!
平和公園
ここも来たかった場所の一つです。
像の形ですが、「右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る」形をしているそうです。
平和の大切さを再確認できる場所でした。
眼鏡橋
1634(寛永11)年、架設したとされています。
川面に映る影が双円を描き「メガネ」に見えることからこの名前がついたと言われ、東京の「日本橋」、山口の「錦帯橋」と並び日本三名橋に数えられます。
1982年の長崎大水害で一部崩壊しましたが翌年復元され、国の重要文化財に指定されています。
水面に反射している写真が撮れました!
にっしょうかん新館 梅松鶴
ホテルです。
1日目とは別の場所です。
なんと、部屋は和室だけではありませんでした...w
お隣にはベッドもあって広かったです!
夕食は卓袱料理(しっぽくりょうり)でした!
長崎発祥の郷土料理で、和・華(中国)・蘭(オランダ・西洋)の要素が融合した料理です。



これは、バイキングみたいのがあったので取ってきたやつですw
デザートはミニシュークリームと長崎カステラ!
夕食を終えて、部屋に戻りました。
ホテルから見える長崎夜景に圧巻されました!
長崎の夜景は、「日本三大夜景」に認定されています!
※館山(北海道函館市)、摩耶山(兵庫県神戸市)、稲佐山(長崎県長崎市)
3日目(12/13)
3日目、最終日です!
朝食はバイキングです!


大浦天主堂
江戸時代幕末の開国後、1864年(元治元年)に竣工しました。
日本に現存するキリスト教建築物としては最古です。
グラバー園-旧グラバー住宅
国指定重要文化財の旧グラバー住宅・旧リンガー住宅・旧オルト住宅を、市内に点在していた6つの明治期の洋館を移築し復元しています。
日本で最も古い木造洋風建築です。
グラバー園-旧三菱第2ドックハウス
長崎ちゃんぽん
お昼は中華街でちゃんぽんを食べました。
「やっぱり、ちゃんぽんは食べないと」と思ってました!w
軍艦島クルーズ
この旅行のメイン、軍艦島へ行きます!
軍艦島は風速が5mを超えると上陸できません。
また、近くまで行かないと上陸できるか分からないそうです。
この日は雨が降っていて心配でした。
ついに見えてきました...!
軍艦島(端島)
これが、軍艦島...!!
正式には「端島(はしま)」といいます。
ついに、上陸!!
着いたら雨も止んで、上陸できると判断されました!

総合事務所(第三竪坑捲座)
元々は1935年まで第三竪坑の捲座として使われていた。
廃坑後は、資材置き場や風呂などがある「総合事務所」に転用されました。
※捲座(まきざ)とはケージを昇降させる巻揚機がある施設。
坑道に入坑する鉱員達の 安全と命を守る大事な役割を担った施設。
肥前端島灯台/貯水槽
山の上にあるのは貯水槽です。
貯水槽の左にあるのは肥前端島灯台です。
閉山によって夜間の島の明かりが無くなったため、その翌年(1975年)建てられ、1998年に強化プラスチック製の「2代目」に建て替えらました。
閉山前は灯台がなくても夜は明るかったので、いらなかったそうです。
第二竪坑坑口
第二竪坑坑口にかかる階段は「命の階段」です。
坑内はとても危険で命を落とすことがあるため、ここを歩くたびに命のありがたさを感じるため「命の階段」と呼んでいたそうです。
鍛冶工場
鍛冶工場を反対側から。
30号棟・31号棟アパート
30号棟は1916年(大正5年)に建設された、日本初の鉄筋コンクリート造アパートです。
鉱員社宅として建設され、内庭には吹き抜けの廊下と階段があり、地下には売店があったそうです。
31号棟は地階に共用浴場があり、1階には郵便局や理髪店があったそうです。


56号棟
端島小中学校
炭鉱で栄えた端島に建てられた学校でしたが、炭鉱が閉山された1974年(昭和49年)に閉校となりました。
建設された現存の建物は7階建てで、1階から4階までが小学校、5階と7階が中学校、6階に講堂、図書館、音楽室、7階に理科室などがあったそうです。
見学後は再び船に乗り、右回りと左周りをして島を遠くから眺めます。

端島神社
1936年に建設された。毎年4月3日の山神祭は全島を挙げて盛大に行われたそうです。
神殿の下に拝殿もありましたが、倒壊してしまい現在は祠のみが残っています。
16~20号棟
軍艦島は、最盛期には島内に約5,300人が住み、人口密度は当時の東京都区部の9倍いたそうです。
こんな小さな島に5000人も住んでいたなんて信じられませんよね。
ちなみにですが、この軍艦島という名は外観が戦艦「土佐」に似ていることから、この名前が付いたそうです。
死ぬまでには行きたかった、軍艦島。
船に乗ったときは雨で、上陸前に雨が止み、再度船に乗ったらまた雨が降ってきました。
奇跡と思いました。本当に見れてよかった...!!
19:05 九州佐賀国際空港
軍艦島の見学が終わったら、空港に向かいます。
帰りは長崎空港ではなく、佐賀空港からです。
5分遅れの19:05出発でした。
20:35 羽田空港
無事に羽田空港に無事に到着しました!
横浜駅で遅めの夕食を食べて帰宅しました。
3日間ありがとう長崎!!
本当に楽しかった!
念願だった軍艦島に行けてよかったです。
今まで行った旅行の中で、忘れらないものになりました。
今年の旅行も、今回で終わりです。
来年もいっぱい旅行したい!
(※当ブログの写真は無断転載禁止です。)
