時代のかたすみで

時代のかたすみで

自衛隊の「イラク日報」がめっちゃ面白い

 2018年、長年存在しないとされた自衛隊の「イラク派遣日報」が公開されました。

その内容がめちゃくちゃ面白いので、紹介していきます。

※この記事は以前書いた記事を非公開→再編集→公開をしております。

※登場人物の名前などは●●、▲▲、■■、▼▼などに変えております。

「イラク日報」とは?

自衛隊のイラク派遣時(2003年12月~2009年2月)の活動記録の日報。

2018年4月2日、小野寺五典防衛大臣(当時)は、前年の国会で存在しないと答弁していたが、イラク派遣時の陸上自衛隊の日報が見つかったと発表した。4月16日には防衛省が計435日分14000ページを超える日報を公表した。

陸上自衛隊の宿営地周辺では2004年4月以降、10回以上にわたって迫撃砲やロケット砲によるとみられる攻撃があったことが当時から報道されていたが、日報には当時の緊迫した様子も記載されていた。

(出典:Wikipedia

今回はその「イラク派遣日報」から何個か抜粋して、ご紹介します!

目次(クリックで表示)

バグダッド日誌(10月12日)

バグダッド日誌(11月14日)「コアリッション事務所新副所長●●」

バグダッド日誌(11月14日)「日本に行きたい......」

バグダッド日誌(12月2日)「今日はムスリム」

バグダッド日誌(12月2日)「思い込みと無理は禁物!」

バグダッド日誌(12月21日)「Happy Birthday●●」

バグダッド日誌(12月21日)「スシ食いたい」

バグダッド日誌(12月25日)「戦場のメリー・クリスマス!?」

バスラ日誌(2月12日)

バグダッド日誌(2月28日)「さすが日本人?」

バスラ日誌(3月16日)

バグダッド日誌(6月2日)「暑気払いに冷や素麺」

バグダッド日誌(7月2日)「食べ物のうらみは恐ろしい?」

バグダッド日誌(7月4日)「バグダッド連絡班の微妙な緊張感解消!食べ物のうらみは恐ろしい?後日談)」

バグダッド日誌(7月18日)「平和の尊さ(5次バグダッド連絡班日誌最終回)

まずは、2005年の日報から。

バグダッド日誌(10月12日)

 午前中コアリッション・オフィス※1で勤務中、どこか遠くの方で爆発があったらしく、比較的大きな振動を数回感じた。周りを見回すと、まあいつものことだよと言わんばかりに皆ただ黙々と机に向かって何かをしており、誰一人反応した者はいなかった。しばらくすると、背後から声をかける者がおり、誰かと思って振り返るとモンゴルの大佐だった。「いい写真を見せてやるから来い。」 と呼ばれ、何かと思って行ってみると、モンゴル相撲の写真を見せながらモンゴル相撲の現況について延々とレクチャーを受けた。

 その後、エルサルバドル、カザフスタン、ルーマニア、アルメニア、モンゴルLO※2と一緒に昼食をとったが、皆なにか忙しそうにしてるけどそんなにやることがあるのか聞いてみたところ、「俺は一日に映画2本みてます。」 「私は、ここにいることに意義があるんです。」 「昼食の時間を待っていた。」 等の不真面目な選事が返ってきた。 最後にモンゴルの大佐が一言「お前ら軍人らしくないな。食べるのが遅いよ。」

※1:各国選任連絡幹部の事務所。

※2:Liaison(リエゾン) Officer(オフィサー)の訳。派遣先機関で知り得た情報を局へ共有することや、関係機関との連絡調整をする人のこと。

不真面目な返事ww

のんびりとした職場ですね。

バグダッド日誌(11月14日)

コアリッション事務所新副所長●●

 前副所長の▲▲以上に親日家であり、知日家である。とてもきさくな方で、我々が「グッド・モーニング・サー」と挨拶をすると「グッド・モーニング・マイ・フレンド」といってくれる。

 先日朝、ふらりと我々LOがいる事務所に入ってくるなり、アメフトのボールを投げてくる。室内にいるLO一人一人に投げ、みんなが投げ返す。その後「今日も良い一日になりそうだ。ハッハッハッ」と帰っていった。LO一同顔を見合わせ、「…...」でも何となくみんないい気分で仕事に戻った。

 大佐は、日本製品が何でも一番いいという。ボート、車、時計と日本製品を使っているらしい。中でも、大佐のご自慢はセイコーの腕時計で、15年間使っていて、一度も修理をしたことがないらしい。この話機会あるごとに話すので、大佐が着任して約1ヶ月のうちに私は3回聞いている。

 LOが集まって話しをしていた時のこと、大佐が腕時計を見せて「いいだろう」といつもの自慢が始まった。LOのうち何人かは、デジタルカメラ、カメラ付き携帯、腕時計等々とそれぞれが持っている日本製品のことについて話していた。

 「おまえの腕時計を見せろ」と急に言われた。断ってもしつこく言ってくる。渋々出した私の腕時計は「980円」の安物のデジタル時計。みんな「……」、「だから、嫌だっていったのに……」

時計のくだり面白すぎでしょ。

ちなみに、この時計の話はまた出てきます。

日本に行きたい......

 旧ソ連の国から来たLO達の日本に対する関心はとても高い。携帯電話、デジタルカメラ、車、バイク等ものに対するあこがれと、SHUSHI、SAKEと言った日本食への関心等、驚くほどに知識もある。

 本日の昼食時、急にロシア語で3人が話し始めた。(グルジア、ウクライナ、カザフスタン)(こいつら何言ってるんだ...…)と思っていると、「俺たちが、ここの任務を終えたら、休暇を取ってみんなで日本に行くことにした。」という。「いいよ。ウエルカムだよ」と返事をする。

 またロシア語で何やら言っている。しばらくして急に「おまえは同意したな」という。

私「何が?」

やつら「俺らの日本行き」

私「どうぞ来てください。」

やつら「よし、では俺らの往復の交通費はおまえ持ちと言うことでいいな。」

「うちは娘が3人」、「うちは二人」…………

私「なんでそうなるの?俺そんなに金持ってない!」(グルジア大佐の「遠謀深慮」か?

やつら「俺らもないけど、日本に行きたいんだ。」

恐るべき理屈……結局、自分で金を払って行くということに落ち着いた。

やつらww

なんか楽しそうですね。

(出典:陸自調査団

バグダッド日誌(12月2日)

今日はムスリム?

事務所に残ったLO3名で昼食をとっている時のこと、宗教の話になった。

●●「日本人の宗数は何?」

日「一般的に仏教徒だけど、日本人は何でもありだ。例えば、クリスマスを祝うし、元日には神社にお参りするし、先祖のお墓は仏式が多い。わかるかな?」

●●「聞いたことがある。すごく興味がある。神社ってどんな神様がいるんだ?」

日「詳しいことはよく知らないけど、日本には「八百万の神」がいて、何でも御神体になる。」

●●「800万も神様がいるのか?キリスト教も仏教も何でもありか?便利がいいな」

日「ところで、おまえは何教徒なの?カザフはキリスト教だろ?」

●●「俺はムスリム」

カ「俺も、ムスリムだよ。なんで?」

日「エッ?ラマダン間もしっかり昼飯食ってたじゃない?」(あまり突っ込んだらやばいかな?と思いつつ

●●「そうだっけ?でも、お前も今日は、ムスリムだぞ」(当然という表情

日「エ?なんで?」(とても驚く)

「民主主義でいくと、今日は2対1でムスリムが勝ちだろ。だから、今日はお前もムスリムだ!」(ウインク付)

日「そんなのあり?まあいいか、じゃあ今日は豚肉を食べないように気をつける。」(イラク人もこいつみたいだったら、もめないだろうに…イスラム教徒も色々奥が深い……

なんだこいつら...w

ウインク付きww

思い込みと無理は禁物!

 先日、しばらくぶりにジムに行った。今日はゆっくりやろうと思っていたが、隣のマシンに「中年の小太り」の米兵が15分ほど遅れて来て、私を挑発してくる。私より強度を1つ上げ、速度も0.5位早くする。こっちがチョット早くすると、相手も少しだけ上げる。最初は、気のせいと思っていたが、妙に気になり始める。

 気にするまいと思っていても、ついつい「同年代の小太り」に意味がいく。(米兵といっても同年代ならこんな「小太りオヤジ」に負けるもんか!)と頑張ってしまった。気がつくとお互い心拍数は190を超えていた。「やばいな」と思って、ペースダウンし、予定より早く切り上げた。やつには見えないところで、しばらくボーッとしていた。

 「中年の小太り」がマシンから降りた。こっちを見てる。「平気な顔してやろうと思って見返すと、なんと向こうは、20代の若い兵隊、「小太り」と思っていたのも実は「ただ、ごっつい」だけだった。(なんで俺なんかとはりあうの?)と思ってももう遅い。そう「思い込んだ」自分が悪い。彼の方こそ「中年の小太りオヤジ」に負けられないと思っていたんだろう。

心拍数190はやばすぎる。

オチが上手すぎるww

バグダッド日誌(12月21日)

Happy Birthday●●

 今朝、事務所に行くとが我々の部屋に入ってきた。次回訪問の調整をした。話が一段落したところで、大佐が「実はこれは秘密の話しだが......」と切り出した。(何の話かな?)と思って聞いてみると、今日は、大佐の18回目(大佐自称)の誕生日だという。(時計は30年つかってるんじゃなかった?)

 「それは秘密の話なんですか?」と聞くと、「ああ、秘密だ。」という。私は「分かりました。この部屋の中だけの秘密と言うことにしましょう。」といって、すぐに部屋にいる他のLO全員に「今日は大佐の18才の誕生日だが、これは秘密なので、部屋の外では言うな。」と紹介した。

 みんなで「おめでとう」と祝福した。すると、既に何人かは知っていた。(どこが秘密なんだよ?!)エル・サルバドルLO(海軍中佐)は、既に今日の夜、会食を計画していた。

 それぞれが自分の机に戻って仕事を始めると、大佐がまた近寄ってくる。「もう一つ秘密の話がある。」という。「何でしょう?」と私。「この時計はな......」と始まった。(出た〜!もう何回聞いたか分からない......)今日は、気分が良かったのか、ヤマハのボート、ヤンマーのトラクターと話が続き、「日本製品がなぜこんなに性能がいいのかその『秘密を教えろ』と最後まで話が進んだ。「その秘密は『本当の秘密』だから言えない。」と答えた。

また時計の話www

最後上手い!!

スシ食いたい

 コアリッション事務所長の発案で、22日に各国の食べ物を持ち寄って、パーティが計画されている。准将自らイタリアの手料理を作るといって張り切っている。

 今朝、進将と事務所前で行き会った。LO達も数名集まっている。准将が「22日はスシが出るんだろ?ここにいるみんなが楽しみにしているぞ」と言われた。

(新鮮な魚がないのにどうやって寿司を作れと言うの?)と思いつつ、LO達に向かって「お前達、スシ食いたいのか?」と聞くと、一同そろって「食べた~い」と脳天気な答え。「よし、分かった。食わしてやる。」というと、LO達は単純に喜んでいる。さすがに准将は、「どうやって作るんだ?」と心配顔で聞いてくる。「明日は朝から、みんなでここの池で鯉釣しましょう。それでスシ作りますよ。」

 これを聞いたLO達「エッ!ここの魚で作るの?」、「他にどこに生きた魚がいる?」と私。准将が「ここのは生では食えんだろう。」、「もちろんです。」と私。「みんなが食べて、我々日本人は食べないですよ。ここではスシは無理だっていつも言ってるのに、わがまま言うから、1回食べれてみればいいでしょう。」みんなおとなしくなった。

「食べた~い」とか高校生かww

すごいジョークですし、オチが毎回上手すぎる!

(出典:Wikipedia

バグダッド日誌(12月25日)

戦場のメリー・クリスマス!?

 我々にとって、海外で迎える初めての年末年始である 。 特に未だテロや 、 自爆攻撃等が継続する状況下において 、米軍等キリスト教徒が大半を占めるイラク国内の基地で迎えるクリスマスは、もう二度とないと思う 。 

 国民選挙が終了したが、その後も開票情報に伴い不安定な状況が続き、●●司令官が朝の作戦会議に出席されないことも多くなった。先日の23日の作戦会議では、報告が終了した後、「司令官コメント」 というスライドが表示され、司令官がコメントされるが、この日は「サンタのコメント」というスライドが表示されるとともに、カメラにサンタが大写しになった 。 サンタに扮した誰かが真面目にコメントし始めた。▲▲では将兵が大喜びしていた 。 このサンタは誰だろうと思って、周りに聞いてみたが返ってきた答えは 「サンタはサンタだよ。」 みんな状況に入っていた 。

 24日の作戦会議でのこと、(今日もきっと何かあるだろう)と楽しみにして参加した 。報告の最後に、その日一日の司令官の予定が報告されるが、「今日はサンタが訪問します。」と真面目に報告された。 渋い顔していた司令官がこの時は 「ニヤッ」 と笑っていた。

 日本での私の一般的なクリスマスの過ごし方は、24日の夜大騒ぎをしていた。多くの日本人は同じようなものだと思う。当然かもしれないが、 彼らは24日よりも25日を大切にしているようである。25日は、教会で45分程度のミサが繰り返し実施され、それぞれに多くの将兵が参加している 。 勝手が分からずただそこにいたというだけだったが、 私もクリスマス・ミサというものに生まれて初めて参加した。 米軍等の各種行事は自衛隊のそれに比べると全てフランクに行われるが 、 教会での彼らの様子は、自衛隊の各種行事と同様まさに「神妙な」様子が印象的だった。

 食堂内の様子も、24日の夕食時などは、(楽しみにしていた分)「こんなもの......?」 という印象だった。 一転して、 25日は、聖歌隊が賛美歌を歌い、サンタクロースが登場し、ケーキ等の飾りが並び、nonアルコールのワインが配られる等、食堂内は我々のイメージどおりの雰囲気になった。

 アメリカ在住の子供達からのクリスマスカードが食堂入口で配られていた。 私も一枚もらった。12歳の女の子からの手紙だった。イラクにいる将兵の日々を心配し 感謝し、誇りに思っていることが丁寧な字で書かれていた。 読んでいて感動し、チョット涙腺がゆるんだ。(日本人の中年オヤジから返事が来たら嫌がるだろうか......?) と心配しつつも、少し敬虔な気持ちになって返事を書こうと思う。

状況に入っていたww

最後、いい話だなぁ...

バスラ日誌(2月12日)

年が開けて、2006年です。

中には、緊迫した場面も。

 昨日は、我々がこちらに来て初めて、基地内に弾着があった。4次隊LOからは、月に1回くらいの割合だと聞いていたが、概ね1ヶ月目であるので、申し受けの通りであった。夕食後、司令部に戻る途中で1回目、花火のような音で、ピューと頭上を通り過ぎていった。飛翔音は3発確認したが、弾着音は1発のみであった。2回目は、日付が変わって午前0時30分頃から、4発の弾着があった。この時は、飛翔音は確認できなかった。いずれもロケット弾によるIDF※1と報告された。負傷者なし。

※1:間接射撃のこと。目標が直接見えない状態で攻撃する射撃方法。

このように、陸自の部隊が脅威にさらされた様子なども書かれており、陸自の宿営地は何度も攻撃の標的となったそうです。

バグダッド日誌(2月28日)

さすが日本人?

 日本隊と多国籍軍司令部との連絡調整を実施するナショナルLOのオフィス(コアリション・オペレーション部)は、パレスから50m程離れたところに位置している。そのオフィスの隣がC-9の事務室があり、朝から将官に対するブリーフィングがあるそうで忙しくしていた。

  突然、米陸軍キャプテンが私に助けを求めてきた。なんでもブリーフィングをビデオ撮影したいのだがカメラが全く動かないというのである。日本人だったらソニーのビデオカメラに詳しいだろうと頼みにきた。

 「大学時代は土木工学専攻で超低空飛行、しかもメカ音痴の私に何ができるか?」と思いながら「見るだけ」とオフィスに入った。ソニーのビデオはVHSの古くて大きなもので、よく見ると電源が入っていなかったため、電源スイッチを押すと作動した。C9の一同が、さすがは日本人はエレクトロニクスに強いと褒めてくれる。「ただ、電源スイッチを入れただけ」で日本人の名誉を守ることができた。
 5分ほどして、またカメラが不調だと、C9の大尉が頼みに来る。今度はピントが合わないとのこと...。

 「そんなの直せるはずが無いじゃないか?」と思いつつ、一応「格好だけ」つけて支援に駆けつけた。よく見るとズームのボタンが壊れており、レンズのフォーカスを手であわせて急場しのぐことにしたが、C9全員が大変感謝してくれた。
この一件以降、「日本人は、テクノロジーに強い」というイメージを定着させることができたが、こと私に関しては「誤った偏見」だと思う。このまま化けの皮がはげないことを祈っている。

電源スイッチw さすがに気付くだろw

米軍も、いたずらで(からかうために)やってる感ありますよね。

バスラ日誌(3月16日)

 2100※1には司令部に戻って勤務交代する予定であったが、少し遅れて司令部営門付近を歩いていた時久しぶりにボンという発射音とピューという飛翔音を聞いた。これはやや近いと思ったが、最近よく迫撃砲の照明弾を打ち上げて警戒しているので、もしかしたら友軍の射撃かもしれず、余り大袈裟に対応するのも日本国自衛官として恥ずかしいから、悠々と営門に向かって歩いていた。(内心、伏せようかなとも思った。)暫くして、警報サイレンが鳴り、営門の警衛隊員から鉄帽装着を促されてしまったが、ノーチェックで中に入れてもらえた。いつもは、IDをしつこく確認するのだが。
 後刻確認された報告書によると、発射地点と弾着地点を結ぶ線は、頭上やや西側地点を通過していた。
 飛翔音を確認したのは2月11日に初めてIDFに遭遇した時以来である。なかなか聞くことができるものでもないと思うが、本当にロケット花火に点火したときのようなピューという音である。弾着は3発、いずれも滑走路北西側付近に着弾していた。負傷者なし。累計20発目。

※1:読み方は「フタヒトマルマル」。21時を指す。

緊迫した場面もあったようです...

バグダッド日誌(6月2日)

暑気払いに冷や素麺

 連日50℃を超える暑い日が続いている。昨日は特に暑さが厳しくパレス(多国籍軍司令部)ゲートの温度計は56度を指していた。道路のアスファルトも灼けムッとしている。夕方5時頃少し涼しくなったと思って日本隊コンテナ裏にある温度計を確認するとまだ48℃を指している。

 毎日米軍仕様の食事を食堂で楽しんでいるが、この暑さでステーキ、フライド・チキン、ハンバーガーではさすがに皆の食欲も落ちてきて、グロッキ一気味である。 

 そこで先日、業務支援隊長がバグダッドを訪問してくださった時に持ってきて頂いた素麺つゆ(200ccの缶ジュースタイプ×12)を使わせてもらい冷や素麺を楽しんだ。素麺は4次隊が残してくれていた最高級の「揖保の糸」、食堂から沢山の氷を調達して、冷たい喉越しの素麺を心ゆくまで味わった。食べた量はというと、5人で24人前の素麺を一気に平らげ、食後は身動きがとれないほどであった。

 久しぶりに「日本」を感じることの出来た楽しい一時であり、すっかり暑気払いをすることができた。明日からはまたハンバーグを頬張りながらお国のために頑張りたい。

5人で24人前www

食いすぎでしょw

(出典:陸自調査団

バグダッド日誌(7月2日)

食べ物のうらみは恐ろしい?

 バグダッドでの楽しみの一つは食事であり、日本やサマーワから送って頂いた日本食は我々の心の支えなっている。

 ところが最近、日本食のストックが底をつき寂しい思いをしている。カップ・ラーメンを消費しつくし、サマーワから送って頂いた缶詰等も底をつき始めている。レンジで温めるだけで食べることのできるご飯は、あっという間になくなった。ところが消費しつくしたと思ったにも拘わらず、ゴミ袋に「シーフード・ヌードル」のカップが捨ててあったのを確認すると、「誰かがストックしているな?」と言葉では表せない「微妙な緊張感」が漂っている。

 このような微妙な緊張感から「沢山あったゼリーはどこ行った?」「パック赤飯は一個もたべていない!」「イカの缶詰はもうないの?」等々の声も聞こえてくる。先日素麺を5人で一気に24人前を消費したが、あと一回分は十分にあると思われた素麺つゆが自然消滅?してきて、思わず「素麺つゆを隠せ!」と指示を出してしまう自分が情けない。日本食等をすべて配給制にして管理する程でもないし、そこは班員が5人しかいないこともあって自由に食べている。

 昨日は、残りの素麺つゆを使用して、バグダッド連絡班全員で腹一杯素麺を味わった。今回も20人前を軽く超える素麺を一気に食べ、腹一杯になり食べ物のストックに対する緊張感も霧散してしまった。皆、かなり単純である。

 食べ物ぐらいで我々バグダッド連絡班の「鉄の団結」にヒビが入ることはないが、「食べ物の恨み(執着?)は恐ろしい。」ことも事実である。

日本人は食べ物に関する執念はおそろしいですからね...

ヒビが入ることはないと思いますが、錆びついてそう()

この話、続きがありますw↓

バグダッド日誌(7月4日)

バグダッド連絡班の微妙な緊張感解消!(食べ物のうらみは恐ろしい?後日談)

 日本やサマーワから送って頂いた日本食の残りが少なくなり、微妙な緊張感がバグダッド連絡班内に生じ始めていることを先日紹介した。ところが思ってもみない朗報が●●からもたらされた。

 日本隊のコンテナがあるキャンプ・ヴィクトリーに隣接するキャンプ・リバティーのPX※1に日本のカップ麺(カップ・ラーメンのラベルも日本語)が販売されているのを●●が発見してきた。

 種類は日本でもおなじみのチキン・ラーメンやどん兵衛など5~6種類あり、値段も1.5~2ドルぐらいで値段も日本で購入するのとさほど変わらない。アメリカ製のあまり美味しくないカップ類は30~50セントで販売しているのに比べると割高感はあるが、米兵の間でも人気で飛ぶように売れていると●●が興奮気味に報告する。

 たかがカップ類ぐらいのことで騒ぐ必要はないのだが、今まで生じていた緊張感は、単にバグダッド連絡班が食いしん坊で、やや食べ物に固執してしまう特性から生じていたものと思われる。これで我々バグダッド連絡班内の日本食に対する緊張感が一気に解消し「鉄の団結」も盤石である。

※1:売店のこと。

鉄の団結(笑)

日本のカップ麺ってやっぱり美味しいんですね。(そこじゃない)

バグダッド日誌(7月18日)

5次バグダッド連絡班の日誌の最終回です。

平和の尊さ(5次バグダッド連絡班日誌最終回)

 まもなく、ここバグダッドを離れクウェートに移動する。今の心境は「与えられた任務をできるだけ高い精度で達成できるよう、編成が解組される一瞬まで追い求め、イラク復興支援群全員で隊旗を無事に返還したい。」その一心である。そして今回の任務を大過なく達成することができたなら、心静かに国防任務のための精進に努力したい。

 半年もの長い間、統幕・陸幕・情報本部から支えられ、サマーワ・クウェート・空自そしてコアリションの仲間に助けてもらい、何一つ不安に思うことはなかった。家族には、私の好きな仕事にのみに集中させてもらい、派遣間に日本を全く心配することなく勤務させてもらった。特に妻には、寝たきりの母の介護で大変であったろうにも拘わらず、逆にイラクのことばかり心配してくれたことを心から感謝している。

 またバグダッド連絡班のすばらしい仲間に恵まれたことは、私にとって何ものにも代え難い幸運であった。●●が私を調子に乗せ、調子に乗りすぎた私を▲▲が諫め、■■が笑いをとって和ませ、▼▼が最後の砦となって連絡班の子守をしてくれた。もし叶うなら年に一度くらい、このメンバーでバグダッドでの勤務を酒のつまみに杯を交わすことが出来れば望外の幸せであろう。

 今回の勤務を通して改めて感じることは、今回の派遣で新たに得られた教訓以上に、今まで自衛隊が努力してきたことが正しかったことを強調することができる。世界最強の名を欲しいままにしている米軍に決して引けをとらない高い団結・規律・士気を保ちながら、視線は常にイラク国民と同じで、イラクの復興を心から願う純粋な「真心」がある。米軍の広報担当が「サマーワの日本隊は、何故ローカル・ピープルからこんなにも支持されているのか?同じデモでも外国の軍隊に残って欲しいと陳情する自発的なデモなんて聞いたことがない。」と逆に日本隊の活動に学ぼうとしていることは、自衛隊が「心・技・体」の充実した一流の武装組織である証左であり、誇りに感じて良いと実感している。

 未だ完全な復興には道半ばの首都バグダッドでの勤務を通して、祖国日本の平和の尊さを噛みしめ、今後も日本がこの平和を享受できるよう、一自衛官として努力していきたい。派遣間のご支援どうも有り難うございました。

感動しました...

現地住民による「帰らないでデモ」は本当だったんですね。

素晴らしいですし、とても誇らしいと思いました!


これ、日報というより日記......いや日常w

最初は機密だから公開は...と思っていましたが、最後の日誌を読んで泣いてしまいました。

他にもいい話や当時の緊迫した様子などが、日報に書かれています。

 

これ、すごいのが約18年前のものだということです。

書籍化されているので、気になった方はぜひ読んでみてくださいね。

(出典:Amazon

自衛隊は日本の誇りです!!

いつもありがとうございます!!

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バグダッド日誌/バスラ日誌 一覧サイト

朝日新聞が公開した文書(現在はリンク切れ)を、akiyan様がPDFからJPGに変換し、OCRを用いてサイトを作成しております。

無料で閲覧できますが、少々誤字(OCRによる誤変換)が多いようです。

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